東京地方裁判所 昭和53年(ワ)6343号 判決 1979年7月12日
原告
有限会社松和建業
右代表者
津川栄子
右訴訟代理人
山野一郎
被告
国
右代表者法務大臣
古井喜實
右指定代理人
藤村啓
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は原告に対し、金一三〇万円及びこれに対する昭和五三年七月一四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告
1 主文第一、二項と同旨
2 担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、訴外山下きよ子所有の土地上に訴外山下伸治が建築して所有していたものであるが、静岡地方裁判所浜松支部において同支部昭和四八年(ケ)第一六号不動産競売事件として競売手続に付されるに至つた。
2 右競売事件手続において、執行裁判所を構成する静岡地方裁判所浜松支部裁判官は、昭和四八年一〇月五日、「競売及び競落期日公告」(以下「本件公告」という。中において、「敷地は山下きよ子所有、賃料年額一五、〇〇〇円」と記載して公告をした。
3 そのため原告は、右公告により、本件建物の敷地上に右の内容の賃貸借契約が存するものと信じて、昭和四八年一〇月三一日、代金九〇万円で本件建物を競落したものである。
4 ところが、本件建物の敷地所有者である訴外山下きよ子は、昭和四九年五月一一日、原告を相手方として、浜松簡易裁判所に、同女は訴外山下伸治との間に本件建物の敷地について賃貸借契約を締結したことはなく、原告は無権限で右敷地を占有しているとして、本件建物の収去とその敷地である土地の明渡しを求める訴(同裁判所昭和四九年(ハ)第四二号)を提起した。これに対し原告は、土地賃貸借契約の存在を主張して争つたが、昭和五一年二月一〇日訴外山下きよ子の請求を認容する旨の判決を受けたため、静岡地方裁判所に控訴(同裁判所昭和五一年(レ)第一三号)したが、昭和五二年四月八日控訴棄却の判決が言い渡されて確定した。
5 そのため、原告は本件建物を収去し敷地を明け渡さざるをえなくなるなど、結局、本件建物を競落したことにより次の損害を被つた。
(一) 原告が支払つた競落代金 九〇万円
(二) 前記各訴訟に要した弁護士費用 三〇万円
(三) 本件建物の収去に要した費用 一〇万円
6 原告の右競落は、前記のとおり、裁判官が故意又は過失により本件建物の敷地の利用関係について誤つた事実を公告し、その旨原告に誤信させたことによるものであるから、被告国は、国家賠償法一条に基づき、右競落により原告が被つた前項の損害を賠償する責任がある。
7 よつて、原告は被告に対し、損害賠償金一三〇万円及びこれに対する本件不法行為ののちである昭和五三年七月一四日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張<以下、省略>
理由
一請求原因1、2、4の各事実及び同3の事実のうち原告が昭和四八年一〇月三一日に代金九〇万円で本件建物を競落したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二そこで、まず、本件公告中において、「敷地は山下きよ子所有、賃料年額一五、〇〇〇円」と記載されたことと、原告が本訴において主張する「損害」との間にはたして因果関係が存在するかの点について判断する。
1 <証拠>を総合すると、原告が本件建物を競落するに至つた事情として次の事実を認めることができる。すなわち、
原告は不動産の売買等を目的とし東京都新宿区に本店を置く会社であり、訴外津川静夫(以下「津川」という。)はその取締役であるが、津川は、たまたま競買業者間において発行されている新聞により本件公告の内容を知つたことから、原告の代理人として本件競売に参加することを意図した(なお、津川は、現在までにしばしば各地の裁判所における不動産競売事件に参加し、同人又は原告名義で年間四、五件合計二〇件ほどの不動産を競落し取得しているものである。)。
そこで、津川は、まず、静岡県浜名郡にある本件建物の所在地にまで赴き、本件建物の所有者である訴外山下伸治及び同人の姉であり本件建物の敷地の所有者である訴外山下きよ子に会つたうえ、本件建物の敷地の使用権等本件公告内容について確認しようとしたが、同人らはいずれも不在であつたため、右の方法による調査はできなかつた。そこで、今度は、静岡地方裁判所浜松支部に赴き、本件競売事件の記録を閲覧したところ、同支部執行官が作成した昭和四八年六月三〇日付け「賃貸借取調報告書」中には、本件建物の敷地について、「所有者山下きよ子であり土地の賃貸借関係不明」と記されており、本件公告における記載と明らかに喰い違つていた。そのため、津川は、当該執行官に対し本件建物の敷地の使用関係について問い質したところ、「二度ほど現地へ行つたがはつきりしなかつた」とのことであつた。そこで、津川は、本件競売事件の申立債権者である訴外豊田久子に対しても右の使用関係を質問してみたところ、同人の方は「本件建物の所有者が山下きよ子から土地を借りていることは間違いない」旨断言した。一方、本件競売事件の記録中には、鑑定人福田昌平の作成に係る昭和四八年七月三〇日付けの「不動産鑑定評価書」も綴られており、そこでは、「建物の敷地は新居町新居三三八八―一五番地、山下きよ子(本件債務者、山下伸治の姉)所有、宅地、は二、三二m2で、本件債務者はこれを年額一五、〇〇〇円にて昭和四三年頃より山下きよ子より賃借している。契約の形式は口頭により、期限の定めはないといわれる(山下伸治の妻より聴取)。」旨の記載がなされていた。
津川は、以上の調査結果から本件建物を競落する意思を固め、本件建物の最低競売価額が五一万円であつたにもかかわらず、本件競売期日に九〇万円の最高買受価額を申し出、本件建物の競落許可決定を得たうえ、昭和四八年一一月二八日に競落代金を完納し、本件建物の所有権を取得したものである。
なお、本件競落期日の終了後及び競売代金完納後にも、津川は、二度にわたつて本件建物の所在地へ赴き、建物所有者であつた山下伸治の妻及び敷地の所有者である山下きよ子と会つて敷地の賃貸借関係の存否を改めて確認している。
以上の事実が認められ、<る。>
2 右の認定した事実によると、原告による本件建物の競落は、原告の代理人であつた津川が本件建物の敷地利用権に関する本件公告の記載内容をそのまま真実と信じたことによりなされたものとは到底認め難く、むしろ、津川が本件公告内容を業者間の新聞で知つたのち、敷地の賃貸借の存否について自ら調査を行い、その結果、右の賃貸借が存在するものと独自に判断したことに基づくものと認めるのが相当である(<反証排斥略>)。そうすると、原告の本件建物の競落と右建物の敷地利用権に関する本件公告の記載との間には因果関係がないものというべきであり、また、原告が本訴において主張する「損害」とは、原告が本件建物を競落したことに起因するものであることは明らかであるから、結局本件公告の記載と原告の主張する損害との間には因果関係が存しないものといわざるをえない。
したがつて、原告の本訴請求は、その点において既に失当として排斥を免れないものというべきである。
三競売法二九条、民訴法六五八条第三により競売期日の公告中に記載すべきものとされている「賃貸借」とは、競売不動産自体について存する賃貸借を指すものと解される。そのため、本件のように建物が競売される場合においては、その敷地の賃貸借の存否、内容等はそもそも公告すべき必要がないものと解せざるをえない。しかしながら、建物が競売に付された場合、その従たる権利としての敷地の利用権限の存否、内容等も関係人による競買申出の可否及び競買申出価額に影響を及ぼすべき事項であることは明らかであるから、本件のように建物自体に対する賃貸借の有無、内容等とともに、その敷地の賃貸借の有無、内容等も合わせて公告することは、特に違法というべきことではない。
ところで、競売法及び民訴法上執行裁判所により競売期日の公告に記載すべきことが要求されている競売不動産自体に関する賃貸借の存否、内容等については、現行法上執行裁判所において自ら証拠調べを行う等裁判所が積極的にその内容を明らかにするための権限を有するものとはされていない。そのため、裁判所が競売期日の公告を行うにあたつて、賃貸借の有無、内容等を判断するための資料としては、競売申立債権者の提出する証書又は執行官の取調報告書(民訴法六四三条一項第五、三項)並びに鑑定人等の競売物件の評価額に関する鑑定評価書(同法六五五条)のみであつて、このことは、本件のように法律上の公告事項でない敷地の賃貸借を公告する場合であつても同様である。したがつて、執行裁判所が競売不動産自体及びそれに付随する賃貸借の有無、内容等を公告するにあたつては、右の各資料を比較検討することをもつて足りるものといわざるをえず、その際、右公告の記載内容が右資料の内容を合理的に評価した結果によるものと認められる限り、たとえその公告内容が結果的に真実の賃貸借と合致しなかつたとしても、その故をもつて、当該裁判官に過失があつたものと認めることができない。
これを本件の場合についてみるに、前記二で認定したとおりの賃貸借取調報告書及び不動産鑑定評価書の各作成日、記載内容等を考慮するならば、当該裁判官が、賃貸借取調報告書より約一月後に作成され、また、その内容もより具体的であつた不動産鑑定評価書中の記載の方を真実に合致するものと判断し、それをもとに本件公告を作成したことには何ら合理性に欠けるところはなく、その点に過失があつたものとは認められないというべきである。
したがつて、原告の請求は、この点においても失当であるといわざるをえない。
四以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由がないものとして棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(井田友吉 持本健司 吉田京子)
物件目録
静岡県浜名郡新居町新居字堤外二八二五番地三二
家屋番号 二八二五番三二
木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅 一棟
床面積 60.73平方メートル